逃亡生活の果てに

迷惑を顧みることなく

自分自身が大々的に取り上げられている中でも、市橋被告は逃げ切ることだけを考えて生きていました。ですが彼の母曰く、ここまでのことをするだけの意味が分からないと語ってもいる。何を意味しているのかというと、逃亡生活をするだけの行動力も生活力もない、身内から被告はそのように見られていたのです。言われてみればそうだ、就職することなく仕送りで生活をして趣味の英会話を学ぶなど大層な身分だ。働くこともしないで親からの援助で生活をしていたため、母は既に息子は死んでいるものだと思っていたほどだという。資金援助にしても根も葉もないことだとして、逃亡生活を選んでまで生きているとは思えなかったと語った。

だが実際の市橋被告はそんな母の予想とは打って変わって、逃げるためには自分の顔を自ら整形し、警察の捜査網を読んだ上で撹乱するような行動をしている。家族へとその非難が向けられているのもどこ吹く風、誰に気づかれることがないまま彼は大阪で違う人生を歩もうとしていた。

就業、逃亡、流浪の果て

市橋被告は逃亡中、様々な偽名を用いて逃げ続けていた。本名を名乗れば当然通報されてしまうので、気づかれないようにするためでもあるが、同時に生活するための資金を稼ごうと就業を行っていたという。大阪では『井上康介』と名乗り、ここからおよそ1年間以上警察の方でも足取りを追うのが困難になっていた。市橋被告は就業していた建設会社の住み込み寮に身を寄せて生活していたが、警察の自動車らしきものがあるとすぐさま野性的な勘を働かせて逃亡を謀る。寮の自室には自身の持ち物をすべて残す形で忽然と姿を消すを何度となく繰り返しており、ある程度資金が貯まって再度警察の影がちらつくようであればすぐにそこから離れる、それを繰り返していました。

住み込みで稼いだお金を下に、市橋被告は逃亡中に何度となく整形手術を行い、人相をさらに変えていく。ただその都度美容整形を行った病院からは不審に思って通報するなど、どんなに逃げても消息が暴かれる度に被告は逃亡に逃亡をしていた。一時期は四国へと逃げるなどしていたが、指名手配書がその頃には全国的に回っていたために長居することなく立ち去るを繰り返していた。そんな途方も無い逃亡劇の中で、生活力がないと言われていた被告が一時期身を寄せいていたのはなんと無人島だった。

最長3ヶ月の滞在

お金を稼ぐためには職探しをしなければならない、職を探すためには身分を証明しなければならない、しかしそれが出来ない市橋被告の逃亡生活も限界を迎えようとしていました。そんな中で彼が取ったのは、ほぼ無人島でのサバイバル生活という選択肢です。向かった先は沖縄県にある『オーハ島』で、ダイビングをする人が集まるなど観光スポットとして人気だったが、住民は当時70歳の男性一人だけだったこともあって隠れるには絶好だった。

しかしそこでの生活は当初過酷を極め、サバイバル術を何一つ会得しないまま渡ってしまったためにすぐさま沖縄本島へととんぼ返りしたという。この時フェリー代金をキセルして一度職員に捕まるも、世間を騒がす指名手配犯だと気づかれないまま解放されてしまった。ある意味市橋被告にしたら今の人相ならバレないと確信をもたせるのに十分だっただろう。その後図書館で食べられる植物や魚釣りの方法を調べるなどして再度オーハ島へと渡り、最長で3ヶ月もの期間を自給自足の生活で凌いだとのこと。

けれど何一つ不自由することなく生活してきた人間だっただけに、サバイバル生活の中で一時期死のうとした瞬間があったことも供述で明かしている。そこまで疲弊しながらも自首することなく、逃亡生活を続けていた。何がそこまでさせたのか、理解が追いつかない

逃亡生活のピリオド

心身ともに限界へと到達しかけていながらも、指名手配された今となっては減刑を望むことも出来ないのなら、このまま逃げ切ってしまおうとすら考えていたのかもしれません。オーハ島という絶好の隠れ家を見つけ、これからもそこへ向かおうとしていた際に彼の逃亡生活はついに終止符が打たれた。

警察の追跡を振り切るため巧みに移動を繰り返していたが、フェリー乗り場の従業員が不審に思って警察に通報、それがきっかけとなる。有力な情報提供により警察は迅速に行動へと移し、市橋被告が沖縄へと向かっていることを突き止め、身柄を抑えるために沖縄へのフェリーが出ている大阪南港フェリーターミナルへ先回りした。

そこへ現れた市橋被告を待機していた捜査員が確保し、2年と7ヶ月という逃亡劇の果てに待っていた激動の逮捕劇が展開する。ですがこれは終わりではなく、次の展開へと場面移動するだけだった。