市橋被告の生い立ち

浮かんでくる市橋達也という人間の素性は

ここまでの話を簡単にまとめてみても分かるのは、市橋達也という人間がただ狂気に支配されてはいない、自分を自分として意思を持つことが出来る冷静な人格の持ち主だという点だ。自分の顔を整形し、逃亡ルートも自身が事件発覚前に何をしていたのかを把握した上で、警察に見つからないようあらゆる手段を用いて逃げ続けていた。それが2年半以上となれば、警察との駆け引きにおいて決して引けを取らない計算能力を有していたのがよく分かる。

それだけの能力があるのにどうしてこんなことになってしまったのか、誰にも理解出来ません。そもそも市橋被告とはどういった素性の人物だったのか、彼が逃亡を開始してからマスコミの目はその点に焦点が定められます。結果、彼がこれまでどんな人生を生きてきたのかが曝け出されていきますが、そこにあったのは何不自由なく生きてきた少年時代と、事件を引き起こすまでまともな職に就くことなく優雅な生活を送っていた。

意外過ぎる経歴、また市橋被告の両親が共に当時現役医師として活動していたエリート一家であることも判明する。

裕福に育った

父は有名私大で外科部長にまでなり、母も歯科医として働いていたため、平均とは比べようのない誰もが羨むような家庭の中で生きていたのが市橋被告だ。彼が自身の顔を整形するという大胆不敵な行動に出たのも、元は彼自身も両親に倣って医師になろうとしていたことが判明します。何も知識のない一般人が整形するのがどれだけ無謀かはいうまでもないが、家が医師で毎日そうした医学と密接な家柄で育っていれば、技術はなくても知識を有していたとしてもおかしなことではない。

裕福な家柄で中高ではバスケット部で活躍するなどしており、大学は親と共に同じ未知をたどるために医学の道を志した。しかし受験に失敗し、関東圏内の某国立大学に合格するも退学し、その4年後に千葉圏内の国立大学園芸学部へと入学を果たします。医師となるために努力をした初年で結果が振るわず、あまつさえもう1年掛けても夢を果たすことの出来ない進路に絶望したことで、彼の中で何かが弾けたのかもしれません。

再入学を果たした大学でも卒業後は就職することなく、祖父母名義となっていたマンションで実家から月に数十万円という多額の仕送りで贅沢な暮らしをしていた。両親の持ち家だった事もあって家賃はなく、光熱費などの必要経費を除いても十分なのは言うまでもありません。そんな生活の中で趣味の英語を学んでいる中で、市橋被告はリンゼイさんとの邂逅を果たし、上述に話した凶行へと写ってしまった。

矢面に立たされた家族

自分の子供が殺人を犯し、しかもそれが国外の女性とあって事の大きさは通常に事件よりも大きすぎた。何せ被害者であるリンゼイさんは生粋の英国人であり、日本にしてみれば双方の関係が損なわれるかもしれない国際問題として見られていたほどです。そのためこの事件は両国間で話題を攫い、特に英国では日本への批判が集中したのは言うまでもない。それは同国に留学や在住、果ては出張している日本人にも向けられた。

犯人に対しての誹謗中傷も含めて国際関係にすらヒビをもたらす事態に、矢面に立たざるを得なくなったのは市橋被告の家族でした。当時、被告が逃げるための資金援助をしているのではないかとも言われており、その関係性が疑われてもいたという。収集がつかなくなっている中で、市橋被告の両親は意を決してマスコミの前に出てきたのです。

その頃には双方ともに医師としての肩書は既に喪失しており、社会的責任も重なって疲労を感じさせる表情を浮かべていた。その時の会見では犯行後の関係はほぼ途切れており、何処で何をしているのかすら分からないとして言い切った。

しかしこの会見によってもたらしたのは、表に出てしまったことで本来関係のない家族へと向けられる罵詈雑言とは言えない言葉の凶器が浴びせられ、報道が過熱することで家から一歩も出られなくなってしまうほど追いつめられてしまうのです。責任があると語る人もいるが、それに関しては間違っていると提言する。確かにそれまでの人生で市橋被告を育ててきたが、一概にその全てが両親だけとは言い切れないはずだ。

だが世間はそう見ることなく、会見に応じる両親がまるで他人事のように振る舞う姿に違和感を覚え、嘘を付いているのではないかと疑念を持たせてしまうのです。結果的に父母共に医師としての人生に終止符を打たざるを得なくなり、社会的責任などという本来負うはずのない代償を支払う形となってしまった。

市橋被告だけの責任ではない

被告自身の経歴が暴かれたことについては良いとする、しかしだからといって加害者の両親にまでその矛先が向けられるのは如何なものだ。それに対しては世界からも疑問が提示されており、いくら犯罪者の身内だからといえど紳士的な対応を行うのが、世界のマスコミとしてのあり方として言われています。うちはうち、よそはよそなどという言い方で片付けられない問題だ。犯罪者の関係者は同じように罪を償わなくてはならないなどと、そんなルールは誰が決めたのか。父親は外科部長という権威ある地位を失い、母も医師として働けなくなっている時点で、子が起こした事態の責任は十二分に果たしているといえるだろう。

それでも許せないと語る人は責めるべきをきちんと見定めるべきだ、そう思えて仕方ありません。