リンゼイさん殺人の事件を振り返る

事件が発覚したきっかけは

ではここから2007年に起きた事件、『リンゼイ・アン・ホーカーさん殺人事件』について少し振り返りながら話をしていこう。市橋達也被告の起こした事件が映画として公開されたことで、それまで忘れていた人もいたと思いますが、話題に触れれば当時のことを薄っすら思い出す人も多いのではないでしょうか。少なくとも筆者はそうだった、それだけインパクトが強い作品であり、誰もが戦慄を覚えたからだ。

狂気に満ちた事件が発覚するのは被害者であるリンゼイさんの行方がわからないと、同居していた女性からの捜索願がきっかけとなる。この時点で誰もが思っていたのは、市橋達也被告と被害者リンゼイさんとの関係だ。筆者も当時、この点がどうしても気になっていたので割りと熱心にワイドショーへと耳を傾けてたり、ネットニュースを閲覧して事件がどのように動いているのかを追っていたものです。2人がどういった関係なのかというと、恋人同士という関係性を持っていたわけではなく、『教師と教え子』という間柄だった。リンゼイさんの方が年下だが、市橋被告は彼女が生前務めていた英会話教室に通っており、そこで知り合ったとのこと。

そう、あくまで2人は一線を越えることのない他人同士だったのだ。こうした塾などでは先生と生徒との関係は一定ライン以上超えてはいけないという原則が少なからず存在するもの、リンゼイさんもそれは忠実に守っていたが、男の方は違ったのです。薄暗く仄かに向けられる彼女への想いを無理やりにでも向かせるため、市橋被告はその狂気を凶器として扱うことで彼女をその手で蹂躙した。

当然彼女も抵抗するものの、男性と女性という体格差もあって組み敷かれて強姦されてしまい、結果どうなったかは言うまでもありません。忽然と行方がしれなくなったリンゼイさんの捜索を出されたことで、警察の矛先は迷うことなく市橋被告へと向けられた。

逃亡の始まり

リンゼイさんがいなくなったことはすぐに関係者の間で騒ぎとなる、勤務先でもそれまで無断欠勤することなく真面目だったという点からおかしいと思ったとのこと。正式に届け出が出されて、被害者宅を捜索すると、彼女が向かったとされる場所と住所、電話番号にメルアド、そして市橋被告の似顔絵があった。間違いなく何かを知っているとして捜査員らは市橋被告の自宅を抑えるため、彼の自宅周辺を取り囲んだ。当時はまだ容疑者だった彼が逃亡する可能性も示唆されていたので、なるであろうルートを押さえてもいたことは後から判明しています。

そして事は決した。

市橋被告は当初住んでいたマンションの共用廊下で訪ねてきた警察官の応対をする。話が進んでいく中で同被告の自宅へ足を踏み入れようとしたとき、一瞬の隙を見計らって逃亡を計った。当然その場にいた警察官らは取り押さえようとするも、巧みに逃げて非常階段を下りた先に待ち構えていた包囲網すら食い破るように突破して、むざむざと被告を取り逃がしてしまったのです。この瞬間、市橋達也の2年7ヶ月という途方もない逃亡劇が幕を開けたのだった。

リンゼイさんについて

逃亡する市橋被告を確保するため、警察はその包囲網をさらに拡大させるために動き出す。それと同時進行で被告の部屋を家宅捜査するとベランダにあった浴槽から、手だけが出た状態のリンゼイさんを確認した。見つからないよう土に埋めていたこともあって、容疑が全て確信へと警察全体へと変化していく。

ただこの時の捜査において後に疑惑が残されているのをご存知だろうか。実はこの時、リンゼイさんはまだ生きていたのではないかという一つの仮説が立てられていたのです。どうしてかというと、実はリンゼイさんの死因に関係していた。彼女は『窒息死』であると解剖した結果が出ており、単純に思えば市橋被告が絞殺したのではないかと疑いを持つことが出来る。しかし逮捕された後の供述によると、市橋被告はリンゼイさんの首を絞めるどころか、その証拠となる首の痕が発見されなかったのだ。

そうなれば考えられるのは、生き埋めにされたのは捜査員が駆けつけてからまもなくであり、自宅の捜索が行われている最中にもし掘り起こしていれば絶命することはなかったのではないかとも言われています。実際、明確な死亡時刻が明らかにされないままだったが、警察がなんらかの過失を行ったのではないかとも疑われている。真実か否か、そこのところは分からない。ただ市橋被告にしても、自分がリンゼイ・アン・ホーカーという女性を殺したと思っていたことだけは間違いない。

捜索も虚しく

映画の中で表現されているように、重要参考人として持ち上がったため市橋被告を抑えるために警察は尽力を尽くした。しかし現場となった千葉といえど電車に乗ってさらに人混みに紛れてしまえばその動向を追うのは難しい。そこを理解していたのか、確実に広がった自身の捜査範囲を読んでいたのか市橋被告は警察の追ってから、まんまと逃げ切ることに成功してしまったのです。

当然そのことをマスコミは大々的に報道し、事件発生直後は関東周辺において緊張が走った。すぐそばに殺人犯がいるかもしれない、恐怖が伝播するまでに時間は必要ありませんでした。そして世間へと関心が高くなっていく中で、市橋被告は逃げるためにある1つの手段を講じたのです。